大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和47年(ヨ)4561号 決定 1972年11月11日

仮処分決定

当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり

右当事者間の昭和四七年(ヨ)第三六一号、同第八一五号、同第一、八〇一号、同第四、五六一号仮処分申請事件について、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

債権者吉川豊吉、同中村賢太郎、同小杉つま、同斉藤京子、同川村勝男、同小杉郁夫および同小杉啓子が共同で一〇日以内に金三〇〇万円の保証を立てることを条件として、債務者らは、東京都目黒区東が丘二丁目一六番一二宅地685.64平方メートルの上に建築しようとしている鉄筋コンクリート造一部七階建、一部四階建共同住宅の最も北側の四階建部分のうちの三階および四階部分(別紙図面(二)に斜線をもつて表示した部分)の建築工事をしてはならない。

その余の債権者らの本件仮処分申請を却下する。

理由

第一本件に顕われた疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

一東京都目黒区東が丘二丁目一六番一二宅地685.64平方メートル(以下「本件土地」という。)は、放射四号線と環状七号線が交差する上馬交差点から放射四号線上を二子玉川方面に向つて約四〇〇メートル進み、通称自由通りとの交差点で左折し、右自由通り上を自由ケ丘方面に向つて約五〇〇メートル進んだあたりに位置し、右自由通りの東側に面して存在する。本件土地付近は、通称駒沢オリンピック公園や国立東京第二病院があり、自由通り沿いに小規模な小売店舗等が点在しているほかは、比較的閑静な住宅地を形成している。そして、現在のところ、周辺に見られる四階建以上の高層建物としては、自由通りに面して数棟が存在するにすぎず、平屋建または二階建の建物がほとんどを占める低層住宅地である。

右自由通りは、都市計画街路補助一二七号線にあたり、現在幅員約一一メートルであるが、将来は両側が拡幅されて、幅員一五メートルになることが予定されている。そして、右計画街路沿いの東側奥行二〇メートルの範囲内の地域は、住居地域、第三種容積地区、第三種高度地区に指定されており、それよりさらに東側の地域は、住居専用地区、第九種空地地区、第一種高度地区に指定されていて、本件土地のうち約五分の四の部分(自由通り寄りの部分)は前者に、その余の約五分の一の部分は後者に、それぞれ属している。

なお、昭和四五年法律第一〇九号による都市計画法等の一部改正に伴い、東京都においては、現在、新しい地域地区の指定作業を進めているが、目黒区都市計画審議会は、東京都が示した「地域地区改正の基本方針」および「地域地区指定基準案」をもとにして同区内の地域地区の指定について審議を重ね、昭和四七年六月八日に試案を発表した。右試案によれば、本件土地および債権者らの居住地域一帯は、自由通り沿いの地域をも含めて、第一種住居専用地域(かつ、建ぺい率の限度六〇パーセント、容積率の限度一五〇パーセント)および第一種高度地区に指定すべきものとされている。目黒区都市計画審議会は、今後、右試案に対する区民の意見、要望を聴いたうえ、最終案を決定し、区長に答申する予定であり、目黒区では、これに基づいて区案を決定し、東京都に提出する運びとなる。そして、東京都では、これを参考にして都案を作成し、公告、縦覧等の手続を踏んだうえ、最終案を決定し、都市計画地方審議会の議を経て、遅くとも昭和四八年末までに、東京都の都市計画を決定することになる。したがつて、目黒区都市計画審議会の前記試案のとおりに地域地区の指定がなされることが確実であるとまでは断じ難いが、東京都においては、地域地区の指定にあたり、できる限り地元住民の意見、要望を反映させたい意向であることが窺われるから、前記試案のとおりに地域地区の指定がなされる蓋然性も決して少くないと考えられる。

二債務者長谷部開発株式会社は高層建築物の設計、監理、販売等を業とする会社であり、また、同長谷部建設株式会社は高層建築物建築の請負等を業とする会社である。

債務者長谷部開発株式会社は、昭和四六年七月に申請外貝島百合子から本件土地を買い受け、同土地上にいわゆる分譲マンションを建築してこれを販売することを計画し、次のような規模内容の建物(以下「本件建物」という。)を設計し、同年九月八日建築確認を受けたうえ、債務者長谷部建設株式会社にその建築工事を注文し、同会社はこれを請け負つた。

1  構造 鉄筋コンクリート造一部七階建、一部四階建(別紙図面(二)参照)

2  建築面積 369.35平方メートル(建ぺい率53.66パーセント)

3  延べ面積 2,055.62平方メートル(容積率298.64パーセント)

4  建物の高さ 19.90メートル(ただし屋上にエレベーター機械室等として設置される塔屋を含めると、地上24.90メートル)

ところで、本件土地は、前記のとおり、その過半が住居地域、第三種容積地区、第三種高度地区に属するから、建ぺい率は六〇パーセント、容積率は三〇〇パーセント、建物の高さは二〇メートルにそれぞれ制限されているところ、右計画によれば、本件建物は右各制限を超えることはないものの、右各制限ぎりぎりの限度で設計されているということができる。そして、本件建物の敷地に対する配置の計画は、別紙図面(一)に示すとおりであり、本件建物の北側外壁から本件土地の北側境界線までの距離は、最も長いところで約七〇センチメートル、最も短いところで約六二センチメートルであつて、本件建物は本件土地の北側境界線いつぱいに建てられることになるが、他方、本件建物の南側外壁面から南側境界線までの距離も約六二センチメートルしかなく、本件建物の配置を変えて北側境界線までの距離を長くする余地は全くない。

なお、将来、目黒区都市計画審議会の前記試案のとおり、本件土地およびその周辺地域が第一種住居専用地域(かつ、建ぺい率の限度六〇パーセント、容積率の限度一五〇パーセント)および第一種高度地区に指定されれば、以後本件土地およびその周辺には本件建物のような高層建物の建築は許されなくなる(試みに、本件建物のうち四階以上の部分を全部削れば、建ぺい率および高度制限には違反しないが、それでもなお、容積率の制限にはふれることになる。)。

三1  債権者らは、いずれも本件土地周辺に土地、建物を所有し、あるいはそこに居住しているが、その土地、建物と本件土地との相互関係は、ほぼ別紙図面(一)記載のとおりである。

2  債権者らのうち本件建物の建築によつて比較的大きく日照の阻害を受ける者につき、冬至における日照阻害時間をみると、別紙日照阻害時間一覧表記載のとおりである。

そして、これらの債権者らが本件建物の建築によつて受ける日照、通風、眺望等の阻害の程度、その他の事情を個別に検討すると、次のとおりである。

(一) 債権者大橋重男、同大橋キミおよび同大橋比呂江は、同人らの同族会社である申請外北光商事株式会社が本件土地の東隣りに所有する土地の上に存する同会社所有の二階建居宅に居住している。

右土地、建物は、住居専用地区、第一種高度地区、第九種空地地区内に存在する。

債権者大橋重男ら居住の右建物は、従前、冬至においては、本件土地上に存在していた二階建の建物によつて、正午以降徐々に西側部分から日照を奪われ、午後三時には北西側部分約二分の一が右建物の日影内に入るという程度の日照阻害を受けていた(右日照阻害の程度をより正確にいえば、冬至の日の右時刻において右二階建の建物によつて作られる日影の範囲が、敷地面を水準として、右債権者ら居住の建物(ただし、庇部分を除く。)の敷地に対する垂直投影面積中北西側部分約二分の一に及ぶ程度であつたということである。以下において日照阻害の程度について判示するときは、いちいち断らないが、この例による。)。

また、右債権者ら居住の右建物は、現在、冬至において午前九時前から同一〇時過ぎまでその南側にある債権者岩上喜三郎所有の二階建建物によつてその南側部分約三分の一の日照を妨げられているが、そのほかは良好な日照を享受している。

ところが、本件建物が建築されると、右債権者ら居住の右建物は、冬至においては、正午ころから本件建物の日影の影響を受け始め、午後一時過ぎにはその過半が、そして、午後二時前から日没までは全体が本件建物の日影内に入ることになる。また、、春秋分時においては、午後二時前からその過半が、午後三時以降日没まではその大部分が本件建物の日影内にあることになる。

次に、右債権者らは、本件建物が建築されると、その住居から南西方向への眺望を妨げられるに至るが、本件建物と右住居との位置関係、右住居の主たる開放面である南側の縁先から本件建物までの距離が一〇メートル以上もあること等にかんがみると、採光、通風の点では、右債権者らが本件建物によつて著しい不利益を受けたり、耐え難い圧迫感を受けたりするとは認められない。

(二) 債権者吉川豊吉は、本件土地の北東に存する自己所有の土地の上に二階建居宅を所有し、そこに居住している。債権者中村賢太郎は、債権者吉川の娘婿であり、右建物に同居している。

右土地、建物は、住居専用地区、第一種高度地区、第九種空地地区内に存在する。

右債権者ら居住の建物は、現在、冬至において午前九時前から同一〇時過ぎまで債権者大橋重男ら居住の前記建物によつて南西すみの一部分の日照を、また、正午以降は債権者川村勝男居住の後記建物によつて一階の北西部分の日照を、それぞれ阻害されているが、概して良好な日照を得ており、特に二階部分では終日日照を享受している。

ところが、右債権者ら居住の建物は、本件建物が建築されると、冬至においては、一階部分では、正午前から一部が本件建物の日影内に入り始め、午後零時半ころには過半が、午後一時には全体がそれぞれ日影内に入り、午後二時以降北西部分から徐々に日影内を脱するものの、日没までに日照を受ける部分は過半に達せず、二階部分では、正午過ぎから午後三時前までの二時間余の間本件建物の日影内に入るようになる。もつとも、右建物は、春秋分時には、本件建物によつて日照を阻害されることはない。

次に、右債権者らの居宅の西側には、別紙図面(一)に示すとおり、債権者久田貞子、同川村勝男および同斉藤京子居住の各建物が接近して建てられているため、一階部分から南西方向への眺望はこれらの建物によつて既に阻害されているが、本件建物が建てられると、更に二階部分からの跳望も相当程度阻害されることになる。しかし、右二階部分から本件建物までの距離は二〇メートル以上も存するから、右債権者らが本件建物によつて採光、通風を大きく妨げられたり、著しい圧迫感を受けたりすることはないと考えられる。

(三)(1) 債権者小杉つまは、本件土地の北隣りに土地を所有し、その上に四棟の平屋の居宅を所有し、これをそれぞれ後記のとおり他の債権者らに賃貸し、貸家業を営んでいる。

右土地、建物の東側部分は住居専用地区、第一種高度地区、第九種空地地区内に存するが、残余の西側部分は住居地域、第三種容積地区、第三種高度地区内に存する。

(2) 債権者斉藤京子は、債権者小杉つま所有の前記四棟の建物のうち最も南寄りの平屋建居宅を賃借して居住しているが、右建物は別紙図面(一)に示すとおり本件土地に極めて接近して建てられており、本件建物が建築されると、右建物の南側壁面から本件建物の北側壁面までの距離は、最も離れているところでも約四メートル、最も近いところでは二メートル弱しかないことになる。

債権者斉藤居住の右建物は、現在は他の建物によつて日照の阻害を受けていない。もつとも、右建物は、従前は本件土地上にあつた二階建の建物によつて冬至においては終日日照を妨げられていたが、それでも、午前一〇時には北側部分約三分の一が、正午から午後二時ころまでは北側部分約二分の一が、また、午後三時以降は北西側部分約三分の一が、それぞれ日影外に出る程度の日照を得ていた。

ところが、本件建物が建築されると、債権者斉藤居住の右建物は、冬至においては、午前九時ころには西側部分約三分の一が、午前一〇時過ぎには西側部分二分の一以上が、正午前には全体が、それぞれ本件建物の日影内に入り、以後日没まで全く日照を得られなくなる。春秋分時においては、右建物は、午前一〇時ころまでは南西すみが一部本件建物の日影内に入るだけであるが、正午には大部分が右日影内に入る。しかし、午後二時を過ぎると北側から次第に日影内を脱し、午後三時ころにはその過半に日照を受けられるようになる。

前記のとおり、本件建物は債権者斉藤居住の右建物に極めて接近して建築されることになつており、しかも、本件建物の北側部分は四階建であり、その高さは一三メートル余であるから、債権者斉藤居住の右建物の南の縁側から覗くことのできる天空はわずかを残すのみとなり、債権者斉藤は、採光、通風の点でも相当劣悪な状態に陥れられるばかりでなく、至近距離に垂直にそそり立つことになる本件建物によつて心理的に甚しい圧迫感を覚え、あるいは、本件建物の居住者らによつて私生活を覗き見されはしないかという不安を感ずるようになることが十分に予測される。

(3) 債権者川村勝男は、債権者小杉つまから同人所有の前記四棟の建物のうち債権者斉藤居住の前記建物のすぐ隣りに三メートル余の間隔を置いて建てられている平屋建居宅を賃借して居住している。

債権者川村居住の右建物は、現在、冬至において午前九時には西側部分約三分の二が債権者斉藤居住の前記建物の日影内にあり、また、東側部分約三分の一が債権者大橋重勇ら居住の前記建物の日影内にある。そして、午前一〇時には債権者大橋重勇ら居住の前記建物の日影は債権者川村居住の右建物からはずれ、債権者斉藤居住の建物の日影内の部分も午前一〇時ころから徐々に少くなり、午後三時には南東すみのごく一部に限られるようになるが、午後二時過ぎには、債権者小杉郁夫ら居住の後記建物の日影が債権者川村居住の右建物の北西すみにかかるようになり、午後三時には、右建物の北西部分約三分の一をおおうようになる。しかし、それでも、右建物は、午前一〇時ころから午後三時前まではその過半が日照を受けている。

ところが、右建物は、本件建物が建築されると、冬至において午前一〇時前からその日影の影響を受け始め、午前一一時前にはその過半が、そして、正午前には全体が日影内に入ることになり、午後二時前からようやく右日影を脱し始めるが、午後三時になつても南東すみ部分約三分の一が右日影内に残る。このようにして、右建物の過半が本件建物の日影内にある時間は午前一一時前から午後二時半ころまでの四時間弱であるが、右建物は現在最も良く日照を得ている正午前から午後二時過ぎまでの二時間余の間本件建物によつてその日照をほとんど奪われることになる。もつとも、右建物は春秋分時には本件建物によつて日照を奪われることはない。

次に、右建物と本件建物とは一〇メートル以上離れており、両者の間には債権者斉藤居住の建物があるから、債権者川村は、本件建物が建築されても、そのことの故に、採光、通風、眺望を著しく害されたり、甚しい圧迫感を受けたりすることはないと考えられる。

(4) 債権者久田貞子は、債権者小杉つまから同人所有の前記四棟の建物のうち債権者川村居住の前記建物の北隣りに建てられている。平屋建居宅を賃借して居住している。右建物は西側では債権者川村居住の前記建物と三メートル余り離れているが、東側ではこれとほとんど軒を接するようにして建てられている。

右建物は、現在、午前九時過ぎまでは債権者大橋重勇ら居住の前記建物によつて南東すみの一部が、債権者吉川ら居住の前記建物によつて北東すみの一部が、また、債権者川村居住の前記建物によつて西側の過半がそれぞれ日照を妨げられているが、午前一〇時を過ぎると、債権者大橋重勇ら居住の前記建物および債権者吉川ら居住の前記建物の影響を受けなくなり、債権者川村居住の建物による日影も次第に小さくなり、正午ころから午後二時ころまでは建物の過半に日照を受けている。しかし、右建物は、午後二時ころからは債権者鈴木ミエ所有の後記建物による日影内に入るようになり、右日影は以後日没まで建物の北西部分から次第に広がつてゆく。

ところで、債権者久田居住の右建物は、本件建物が建築されると、冬至において、午前一〇時過ぎには西側部分が本件建物の日影内に入り始め、午前一一時過ぎには過半が、正午には北側のごく一部分を残してほとんどの部分が本件建物の日影内に入るようになる。しかし、午後一時半ころには、本件建物の日影内の部分は二分の一以下になり、以後日没まで日影内の部分は次第に小さくなつてゆく。

このようにして、債権者久田居住の建物は、現在既に周囲の建物によつて相当程度日照を阻害されているのであるが、本件建物が建築されると、現在最も良く日照を享受している正午前後の一時間余りの間その日照の大部分が奪われる結果となる。しかし、右建物は春秋分時には本件建物によつて日照を奪われることはない。

次に、債権者久田居住の右建物の位置および本件建物までの距離からみれば、債権者久田は、本件建物が建築されても、採光、通風、眺望の点では著しい不利益を受けたり、甚しい圧迫感等の心理的影響を受けたりすることはないと考えられる。

(四) 債権者小杉郁夫は本件土地の北側に隣接する土地を所有している。右土地は本件土地より約八〇センチメートル低い。債権者小杉啓子は、債権者小杉郁夫の妻であつて、右土地の上に平屋建店舗兼居宅を所有している。右土地、建物は自由通りに面しており、右債権者らは、右建物の自由通りに面する部分で米穀商を営み、裏側(東側)部分に居住している。本件建物が建築されると、右建物と本件建物の間隔は四メートル余となる。

右土地、建物は、住居地域、第三種容積地区、第三種高度地区内に存在する。

従前本件土地上に存した二階建建物は本件土地内の東寄りに建てられていたため、債権者小杉郁夫ら居住の前記建物は、右二階建建物による日照の妨害を受けることはほとんどなかつたし、現在も、周囲の他の建物による日照の妨害を受けていない。

ところが、右建物は、本件建物が建築されると、冬至において、日出から午前一〇時過ぎまではすつかり本件建物の日影内に入り、午前一一時半過ぎまではその過半が右日影内にあつて、完全に右日影から脱するのは午後二時過ぎになる。また、右建物は、春秋分時においては、午前一〇時過ぎまでその過半が本件建物の日影内にあり、全体が本件建物の日影の外に出るのは午後一時過ぎになる。

前記のとおり、債権者小杉郁夫らは右建物の東側部分を住居として使用しているが、そのわずか四メートル余り先に本件建物が建築されることになり、本件建物の北側部分は四階建であり、その高さは一三メートル余であるうえ、右債権者ら居住建物の敷地は本件土地より約八〇センチメートルも低いから、右債権者らが東側部分の南の縁先から覗くことのできる天空は非常に狭くなり、その結果、右債権者らは、採光、通風を著しく害されることになり、また、債権者斉藤の場合と同様、本件建物によつて甚しい圧迫感を受け、本件建物の居住者らによつて私生活を覗き見される不安という精神的苦痛を受けることになると予想される。

(五) 債権者鈴木ミエは、債権者小杉郁夫所有地の北隣りに土地を所有し、その上に二階建店舗兼居宅を所有している。債権者鈴木ミエは、右建物の一階で美容院を経営し、二階を従業員用の寮として使用している。債権者青柳律子は、債権者鈴木ミエが経営する美容院の従業員であり、右建物の二階に居住している。

右土地、建物は、自由通りに面しており、住居地域、第三種容積地区、第三種高度地区内に存在する。

右建物は、南側の債権者小杉郁夫ら居住の前記建物に接着して建てられているため、現在、冬至においては一日中一階部分の日照を一部奪われているが、一階の東側に開口部分を設けて採光している。右建物の二階部分は、現在、周囲の建物によつて日照を妨害されることなく、良好らな日照を享受している。

ところが、右建物は、本件建物が建築されると、冬至において、日出から午前一〇時過ぎまでは全体が本件建物の日影内に入り、午前一一時半過ぎまでその過半が右日影内にあることになるが、正午過ぎには全体が右日影から脱することになる。もつとも、右建物は、春秋分時には、本件建物によつて日照を奪われることはない。

右建物と本件建物の相互の位置関係、距離等からすれば、債権者鈴木ミエらは、本件建物が建築されても、採光、通風、眺望の点ではさほど大きな不利益を受けることはなく、また、同人らが本件建物によつて受ける圧迫感その他の心理的影響も問題とするには足りないと考えられる。

(六) 債権者後藤すへのは、債権者鈴木ミエ所有の前記建物の北隣りの二階建建物の一部に、債権者後藤育子、および同後藤邦子とともに居住し、たばこ店を経営している。債権者吉田健一は、右建物の一部を賃借して、妻の債権者吉田ヒロ子とともに居住している。

右建物は、自由通りに面しており、住居地域、第三種容積地区、第三種高度地区内に存在する。

右建物は、現在、債権者鈴木ミエ所有の前記建物によつて日照を阻害されており、冬至において、午前九時前から午後二時ころまで過半がその日影内にあり、午後三時になつても南東部分約三分の一が右日影内にある。

ところで、右建物は、本件建物が建築されると、冬至において、午前九時には北東すみを除く約三分の二が、午前一〇時には全体が、それぞれ本件建物の日影内にあることになり、右建物の過半が本件建物の日影内にある時間は午前八時半ころから午前一一時半ころまでであるが、正午には、右建物は本件建物の日影を脱することになる。そして、右建物は、春秋分時には本件建物によつて日照を阻害されることはない。

次に、右建物と本件建物の相互の位置関係、距離等からみて、債権者後藤すへのらが本件建物の建築によつて採光、通風、眺望、心理的影響等の点において著しい不利益を受けることがないことは明らかである。

四1  次に、本件建物の設計を一部変更して、本件建物の最も北側の四階建部分を二階建にして建築する場合に、債権者らの受ける日照阻害その他前認定のような被害がどの程度軽減されるかについて考えてみる。

(一) 債権者大橋重勇らが本件建物によつて受ける日照および眺望の阻害の状況は右変更によつてもほとんど軽減されない。

(二) 債権者吉川ら居住の建物は、右変更によつて、冬至において、午後二時には北西すみ約三分の一に日照を得られ、午後三時には南東すみを除く約三分の二に日照を得られるようになり、日照阻害の程度は、午後二時以降かなり軽減される。

(三) 債権者川村居住の建物は、右変更によつて、冬至において、午後一時前に北西すみから日照を受け始め、午後二時には北西側約二分の一に、また、午後三時には南東すみのごく一部分を残して大部分にそれぞれ日照を受けられるようになり、午後一時以降の日照阻害の程度がかなり軽減される。

(四) 債権者斉藤居住の建物に対する日照阻害の程度は、右変更によつても何ら改善されることがないし、また、債権者小杉郁夫ら居住の建物に対する日照阻害の程度も、右変更によつて、冬至における午前一一時から正午までの間日照を受けられる部分が若干広くなるものの、大きく改善されることはない。

しかし、右変更がなされれば、右債権者らが各自の建物の南の縁先から覗くことのできる天空の範囲は相当に広がり、採光、通風が大きく改善されるうえ、本件建物によつて右債権者らが受ける圧迫感その他の心理的影響も著しくやわらぐと考えられる。

(五) 債権者久田居住の建物、同鈴木ミエら居住の建物および同後藤すへのら居住の建物に関しては、右変更によつても冬至における正午前の日照阻害の程度がわずかに改善されるにすぎない。

2  なお、右変更のほかに、本件建物の七階部分を全部削つて六階建に変更して建築する場合について検討すると、次のとおりである。

(一) 右変更により、冬至において、債権者大橋重勇ら居住の建物については正午から午後一時ころまでの、債権者斉藤および同川村居住の各建物については午前一一時ころの、また、債権者後藤すへのら居住の建物については、午前九時から午前一〇時ころまでの日照阻害がそれぞれ軽減されるが、その程度はわずかである。

(二) 債権者吉川ら居住の建物については、右変更により冬至において正午から午後二時ころまでの日照阻害がやや改善される。

(三) 債権者久田居住の建物は、右変更により、冬至において午前一一時ころの日照阻害の程度がやや軽減されるほか、正午から午後一時ころまでは南東すみを除く大部分に日照を受けられるようになつて、日照阻害がある程度軽減される。

(四) 債権者小杉郁夫らおよび同鈴木ミエらが本件建物によつて受ける日照阻害等の被害は、右変更によつては軽減されない。

五本件建物の設計を一部変更することによつて債務者らが受ける損害の程度については、これを適確に判断するに足りる資料がない(本件疎明資料中、債務者長谷部開発株式会社が本件建物の設計変更によつて受ける損害額に関する同会社営業部長藤野堯夫作成の報告書は、にわかに措信し難い。)。

しかし、本件建物の分譲価格表によれば、本件建物の最も北側の四階建部分を二階建に変更する場合には、本件建物の売上高は、一、八八〇万円減少するが、右売上高の減少額は、本件建物を設計変更なしに分譲する場合の総売上高二億五、〇四五万円の約7.5パーセントにすぎない。右事実に、右のとおり一部設計変更をする場合には建設工事費やその他の経費も減少することを考え合せると、本件建物のうち最も北側の四階建部分を二階建に設計変更のうえ、これを建築し、販売する場合には、債務者らの取得する利潤は減少するであろうが、未だ採算を失することになるとは考えられない。

第二以上認定の諸事情を総合して、当裁判所は次のとおり判断する。

一債権者吉川豊吉、同中村賢太郎、同小杉つま、同斉藤京子、同川村勝男、同小杉郁夫および同小杉啓子がそれぞれ本件建物の建築によつて受ける前認定の各種の不利益は、右債権者らが受忍すべき限度を超えるものであつて、右債権者らは、債務者らに対し、本件建物のうち最も北側の四階建部分の三階および四階部分の建築工事の差止めを求める限度で同建物の建築工事差止請求権を有するというべきである。

そして、本件建物が債務者らの計画したとおりに完成してしまえば、後日その一部を除去することは著しく困難であることが明らかであるから、保全の必要性も認められる。

そこで右債権者らが共同で一〇日以内に金三〇〇万円の保証を立てることを条件として、債務者らに対し本件建物の最も北側の四階建部分のうち三階および四階部分の建築をしてはならない旨命ずることとする。

二債権者大橋重勇、同大橋キミ、同大橋比呂江、同久田貞子、同鈴木ミエ、同青柳律子、同後藤すへの、同後藤育子、同後藤邦子、同吉田健一および同吉田ヒロ子がそれぞれ本件建物の建築によつて受ける前認定の不利益は、未だ右債権者らが受忍すべき限度を超えるものとは認め難い。また、以上の各債権者を除くその余の債権者らは、本件建物の建築によつてどのような不利益を受けるかについて疎明しない。

そこで前項掲記の債権者らを除くその余の債権者らの本件仮処分申請は、失当としてこれを却下することとする。

日照阻害時間一覧表

債権者

日照阻害時間

(1)

大橋重勇,大橋キミ

大橋比呂江

13.11~16.05(2時間54分)

(2)

吉川豊吉,中村賢太郎

12.11~16.05(3時間54分)

(3)

小杉つま

斉藤京子

10.21~16.05(5時間44分)

川村勝男

10.46~14.29(3時間43分)

久田貞子

11.06~13.29(2時間23分)

(4)

小杉郁夫,小杉啓子

7.13~11.39(4時間26分)

(5)

鈴木ミエ,青柳律子

8.01~11.39(3時間38分)

(6)

後藤すへの,後藤育子

後藤邦子,吉田健一

吉田ヒロ子

8.31~11.29(2時間58分)

注1 冬至において債権者らの建物(庇部分を除く。)の

敷地に対する垂直投影面積の二分の一以上が

本件建物の日影内にある時間を日照阻害時間とする。

注2 時刻は中央標準時による。

(奥村長生 青山正明 鈴木勝利)

当事者目録

(昭和四七年(ヨ)第三六一号、同八一五号)

債権者 大橋重勇

外二六名

(昭和四七年(ヨ)第一、八〇一号)

債権者 斉藤京子

外五名

(昭和四七年(ヨ)第四、五六一号)

債権者 金子光子

右債権者三四名代理人 斉藤浩二

(昭和四七年(ヨ)第三六一号、同第一、八〇一号、同第四、五六一号)

債務者 長谷部開発株式会社

右代表者 長谷部平吉

(昭和四七年(ヨ)第八一五号、同第一、八〇一号、同第四、五六一号)

債務者 長谷部建設株式会社

右代表者 長谷部平吉

右債務者両名代理人 本林譲

青木武男

千葉睿一

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例